いぬが死んだ

仕事が終わって、荷物をまとめて、新宿から夜行バスにのった。最近買ったねずみのぬいぐるみをいぬに持って行こうと思ったが、すぐに壊しそうだったのでやめた。上京して初めて帰省したときに買って行ったおもちゃはわたしが東京に戻ったその夜に壊しましたと写真付きのメールがきた。お菓子を買って、表徴の帝国を買って、バスに乗った。朝の6時に隣町についた。いつも迎えに来ないのに、珍しく父親が車で迎えにきた。弟も一緒だった。仕事の話をした。弟の話もした。従姉妹の話もした。セブンイレブンで朝ごはんを買った。家に着くまでの間に、いぬが死んだことを聞いた。ここ数日体調を崩していたので、やっぱりそうかという気持ちと、まさかという気持ちがあった。最近体調悪かったから心配してたけど、そうか。苦しまなかったならよかったねえ。家につくといぬが寝ていた。横に花が置いてあった。肉球は冷たかった。いぬのからだのしたに手をいれたら暖かかった。硬直はとけたらしく柔らかかった。お前死んじゃったか、もうちょっと待っててもよかったんじゃないの、明るくいった。母親が泣いた。わたしは下手くそな俳優だった。
セブンイレブンで買ったパスタを食べた。無理やりすべて食べた。いつも通りでいたかった。吐きそうだったけど吐かなかった。写真を何枚か撮った。変な感じがした。毛を少し切って袋にいれた。花をどかして隣に寝た。いぬは隣にいた。弟がカメラを向けたのでピースして写った。弟にもやるかと聞いたらいいと言った。
シーツにくるんで車にのせた。大型犬なので三人で運んだ。運び方が悪かったのか、何かでて来てしまった。もっと丁寧に運んであげればよかった。毛が汚れてしまったかもしれない。重たかったから、落とさないようにとばかり考えていた。車にのせた。
よく散歩にいったところによった。いつも通りだった。天気がよかった。トランクをあけたがいぬは寝たままだった。死んだんだと思った。
斎場は山奥だった。道に迷ったが、時間についた。動物は大きさに関わらず5000円で焼いてくれる。裏口にまわった。人を焼くところとは場所が違った。工場の中みたいだった。職員が親切だった。トランクをあけていぬを運ぶ。山道がうねっていたからか、ゆれたからか、口から血が出ていた。ああ本当に死んだと思った。
焼くところ、網の上にシーツごとのせた。花と、特に気に入っていたぬいぐるみをのせた。おやつものせていたと思う。いぬの足を握ったら、いつもと変わらなかった。そういえば後頭部のにおいをかぐのを忘れていた。よく後頭部に顔をうずめてにおいをかいで、いぬに嫌がられていた。父親がいぬに覆い被さって何か言った。いぬをのせた台が動き出して、祖母が声をあげて泣いた。ドラマでも見ているみたいだった。おかしな世界だった。天気がよかった。炉の扉が下りた。やっと涙が出た。わたしは俳優で、観客だった。現実味がなかった。
仕事があるので父親は先に帰った。わたしと、母親と祖母と弟は、焼き終わるのを待合室で待った。朝一番だったので、そこにいたのはわたしたちと職員だけだった。天気がよかった。静かだった。待合室の空調がうごきだす音がした。それからどうでもいい話をした。よく覚えていない。職場の話をしたと思う。
一時間くらいたって、焼き終わった。骨を拾いにいく。思っていたよりも小さかった。焼いてくれた職員が、毛が多かったからみためより骨は小さいね、というようなことを言った。バーナーが強くて、綺麗に焼けたところは少なかったけれど、これはどこの骨だとか、そこの骨だとかはなんとなくわかった。脊椎はよく残っていた。頭の骨を見ると、うちのいぬの骨だなあと思った。死んだのか、と思った。顎の骨に歯が並んでいた。父親は歯医者なので、喜ぶと思ったから、まず骨壷にいれた。犬歯みたいなのもいれた。骨をつかむ箸は使いにくかった。骨壷は小さいので、全部の骨をいれられなかった。すきまに小さい骨をつめた。祖母が大きなタッパを持って来ていたけれど、それには詰めなかった。詰めるだけ詰めて、あとは斎場にまかせた。名残惜しかった。遺骨をそのままつかんで持って帰りたかった。食べたかった。
タクシーを呼んだが、山奥なので、迎えにくるまで時間がかかる。骨壷とわたしたちはまた待合室にいた。タクシー代がいくらかかるか賭けをした。どうでもいい話もした。わたしは一人待合室をでて、外でタクシーを待った。天気がよかった。アスファルトが綺麗だった。青空は色紙みたいだった。緑が眩しかった。風がふいて気持ちが良かった。目眩がした。意味がわからなかったけれど、わかるような気もした。どうしようもないことはわかっていた。虻が飛んできてガラスにぶつかった。蝉が鳴いた。夏だった。入道雲が見える。そういえば斎場にくるまでの間にラジオでははっぴいえんどの夏なんですがかかっていた。タクシーがきた。海沿いを通って帰った。大きないぬは小さな壺に入ってかえってきた。わたしは賭けに負けた。タクシー代はわたしの思ったのの半分以下だった。いぬが小さくなって、部屋が広くなった。死臭が少し残っていた。
午後から父親が休みだったので、本屋にいった。ほしいの買ってやると言われたので何かないか探したけれど、欲しいものが何も見つからなかったので、本屋を出た。カメラ屋で写真立てを買った。
母親が掃除機をかけたので、絨毯についていたいぬの抜け毛がなくなっていた。掃除機かけてもまたすぐ毛だらけになる、と思ったけれど、そんなことはもうない。少し残っていた毛を集めてポーチにいれた。特に汚れたぬいぐるみを形見分けでもらった。よくくわえて持って来ていたひつじのぬいぐるみを選んだ。母親は引っ張りっこに使ったロープをジップロックにいれていた。
夜になった。散歩にいく必要もないので、横になっていた。眠れる自信がなかったので、睡眠導入剤を飲んだ。朝まで起きなかった。夢も見なかったと思う。今夜も飲もうと思う。
いぬが死んだ。もういない。理解できたような、できていないような、よくわからない。そこにいるような気がする。花がたくさん届いた。愛されていたなあと思う。今日の夜は父親が食べるといったのですきやきにした。無理やり食べた。いぬにお供えした。祖母が、味ついてたらだめだから、真水で茹でる、と言った。もう味付きでもいいよ、といって皿によそった。それでもネギはやめておいた。プリンも、砂糖抜きのを作らなくてもあげられるな、と思った。いぬは死んだのだ。